部員コラム #03

あとがきのようなもの


 

 

※以下は、このサイトに掲載されている僕の作品(A&Nシリーズ)を読んでいることを前提とした文章ですので、未読の方はそれらの作品をお読みになってから、このコラムをお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうも、家根川颯馬です。

 

 今回、僕がなぜこの文章を書こうと思ったか。その理由は二つほどあります。

 

 一つは、2017年2月現在、僕の最新作である「三つ子のアリバイ」には、少々解説をしておきたい部分があること。

 

 もう一つは、何となく、小説を書いている者として何かを発信したくなったことです。なぜ書いているのかとか、そういうことを。

 

 

 

 まず、自作の解説から始めたいと思います。

 

 僕が高校生活中に初めて書いた小説である「最期の密室」は、〝A&Nシリーズ〟の第一作でした。それから、「フクロウとマトリョーシカ」、「無意味な伝言」と続き、今回の「三つ子のアリバイ」が、シリーズ第四作です。ここに至るまで一年半ほどかかってしまいましたが、今作で〝A&Nシリーズ〟には一区切りつけられたかなと思います。

 

 というのも、読んだ方ならもちろんお分かりだと思いますが、シリーズキャラクターの秘密――とはいえ、これは読者に対するものでしたが――を明らかにした作品だったからです。つまり、永緑涼が女性キャラクターだった、という事実ですね。

 

 読み返していただければ分かるとは思いますが、まあそんな面倒なことをされる方も少ないでしょうし、自分で作品の伏線を取り上げて解説していきたいと思います。……何とも虚しい作業ですが。

 

 正直言って、今回の作品以外には、永緑が女性であることに関して、大したヒントはありません。ですので、「三つ子のアリバイ」までは、急ぎ足で紹介していきたいと思います。

 

 では、始めます。

 

 まず、「最期の密室」。永緑の初登場シーンですが、こうなっています。

 

 

 

   「僕は永緑涼といいます。推理小説では〝国名シリーズ〟が好きです。でも、ホームズはそうでもありません」

  かの有名なシャーロック・ホームズをやや否定的に評価したその自己紹介の出だしに、ミス研の面々は少なからず驚き、そして、珍しいものを見るように永緑をまじまじと見つめた。

 

 

 

 これは「永緑がシャーロック・ホームズを否定的に評価したため、ミス研の面々が驚いた」という意味ではありません。人の好みはいろいろあるわけですから、ホームズが嫌いなくらいで、驚くことはないでしょう。

 

 実際は、「永緑の自己紹介の〝出だし〟」に、ミス研の面々は驚いたのです。自己紹介の出だしとは、「僕は永緑涼といいます」の部分。つまり、女性であるのに一人称が「僕」であることに対して驚いたわけです。

 

 次に、「フクロウとマトリョーシカ」。明瀬匠悟と鳩村和音のもとに、永緑がお茶を運んできたシーン。

 

 

 

   永緑がお茶をお盆にのせて戻ってきて、テーブルに三つお茶を置いた。

   そこで彼女と目が合って、「あ、もしかして恋人……?」とつぶやいた。

   それに対して明瀬は明朗に笑ってから、違うよ、と否定した。

 

 

 

 正直なところ、これは何のヒントにもなっていません。永緑が女性であると知って読み返せば、こんな読み方もできる、というだけのことなのですが……。

 

 「そこで彼女と目が合って……」という一文は、普通に読むと主語は永緑なのですが、目が合った「彼女」というのが永緑であると考えると、鳩村の行動であるようにも読めます。「……お茶を置いた。」と「そこで彼女と……」との間の無意味にも見える改行は、動作主が異なる可能性を示唆するためのものです。

 

 つまりこれは、お茶を運んできた永緑と目があった鳩村が、明瀬と永緑の恋人関係を疑ったというシーンなのです。

 

 

 そして、「無意味な伝言」。冒頭がちょっとしたヒントになっています。

 

 

 

   鳩村和音は明瀬匠悟が電話に出ることを予想していたのだが、聞こえてきた声は明らかに別人のものだった。「はい、もしもし、明瀬探偵事務所です」

  「ああ、永緑さんね。久しぶり、鳩村よ」

 

 

 

 鳩村は、明瀬が電話に出ると予想しておきながら、電話に出た声が「明らかに別人のもの」だと断定しています。これは男声と女声という、決定的な違いがあったからです。もちろん、同性でも声質が異なるのは普通のことなので、それほど有力な手がかりにはなりません。

 

 もう一つ、細かいところですが、鳩村は永緑のことを「さん」付けで呼んでいます。明瀬のことは「明瀬君」と呼んでいるにもかかわらず、その後輩である永緑には「さん」を使うというのは、なんだかちぐはぐです。呼び方に違いがあるのは、明瀬が男であるのに対し、永緑は女であるからだと考えれば筋が通ります。

 

 

 

 さて、前作までの伏線(?)を、さらっと流して紹介させていただきましたので、今作「三つ子のアリバイ」の解説に移りたいと思います。

 

 

 実は、黄金井美月は第一作「最期の密室」において、ミス研の「四原色」あるいは「四大奇人」の一人として、名字だけ出てきていました。終盤には、明瀬が黄金井に電話をかけるシーンもあります。その時点では、まだ性別を決めておりませんでしたので、そんな名前の人物がいる、というだけのことでしたが、今作で初めて登場させることができました。

 

 そんな黄金井美月が唯一登場した冒頭場面の説明です。

 

 この場面は、表向きは単なる人物紹介ですが、実際はもっと違った意味が込められています。第一場面で重要なポイントは三つ。

 

 

 黄金井(美月)が女性であり、永緑の先輩である。

 

 永緑がミス研の現会長である。

 

 美月の弟もミス研所属である。

 

 

 この三点です。とりあえずこれだけ覚えておいてください。後ほど詳しく解説します。

 

 この場面では一か所だけ、読者に文意が誤って伝わるように書いた部分がありました。永緑のスマートフォンに届いたメールに関して、「差出人は、黄金井だ。」と書いたのです。

 

 普通に読めば、差出人が美月であるように見えますが、本当にそうでしょうか。美月が事務所を去った後ですぐに永緑にメールを送るというのも不自然です。

 

 実は、この黄金井とは、美月ではなく弟の陽太のことだったのです。つまり、美月とは関係ない、陽太からの個人的なメール。内容はもちろんデートの誘いでした。

 

 

 第二場面に移りましょう。ここは、元晴に殺されそうになった邦晴が、逆に元晴を突き落としてしまった少し後の場面です。元晴の死体の横で邦晴が放心していると、元晴の服に入っていたスマートフォンに電話がかかってきて、その発信者が元晴だった、という内容でした。

 

 これはもちろん、吉晴と元晴がスマートフォンを交換していたからで、吉晴は「元晴のスマートフォン」を使い、元晴の持つ「吉晴のスマートフォン」に電話したわけです。

 

 

 次は第三場面。ここは永緑と吉晴が会うシーンでした。この場面に違和感を抱いている方もいらっしゃると思います。もしそうなら、おそらく、次のことが原因だと思います。

 

 すなわち、永緑はこの場面で、吉晴のことを元晴だと誤認していた、ということです。

 

 吉晴と元晴は、共謀して邦晴を殺す計画を立てました。そして、吉晴が元晴のアリバイ作りを担当することになっていたというのは、小説内にも書いた通りです。

 

 だからこれは、吉晴が元晴のふりをして永緑に会い、元晴のアリバイを作っている場面だったのです。

 

 吉晴は紺色(青系統の色)の防寒具で永緑のもとに現れました。第四場面で書きましたが、青は元晴が着るべき色です。「ネックウォーマーで鼻のあたりまで顔を覆い」、「ニット帽を深々と被って」いたことからも、顔を隠して元晴に変装しようとしたことが窺えます。

 

 これも第四場面ですが、元晴と吉晴が「目元とか、声とか、部分部分では確かに似て」いたことも、永緑が騙された一因でしょう。

 

 また、吉晴の話は、「内容は弟から事前に聞いた話そのまま」でした。さも自分が元晴であるかのように話したわけです。「彼本人(元晴)からは話せない事情があったため、吉晴が伝えることになった」という部分に関しても、「彼本人からは話せない事情」というのは、邦晴殺害計画のことでした。

 

 

 第四場面。永緑と黄金井がフクロウカフェにいる場面です。

 

 まずこの場面の冒頭の会話。

 

 

 

   「僕、さっき吉晴と会ったんですよ。大学から出たところで、ばったり」

   「え、そうなの? 奇遇だね。実はこっちも、元晴君と会ってきたところなんだよ」

 

 

 

 ここで思い出していただきたいのは、「黄金井(美月)が女性であり、永緑の先輩である」ということです。つまり、読者が「黄金井イコール美月」という先入観を持っている限り、この二つの発言は、「前者が後輩の永緑で、後者が先輩の黄金井美月によるもの」ということになります。

 

 直前は永緑が吉晴と会う場面ですから、前者の発言が「吉晴と会った」という内容だったことも、勘違いを助長する一因となったのではないでしょうか。

 

 しかし、実際は逆です。前者は黄金井陽太の発言、後者は永緑の発言でした。

 

 永緑は第三場面で、吉晴に「それで、相談というのは?」と尋ねています。永緑は待ち合わせをして吉晴と会ったと考えるのが自然でしょう。前者の発言の「大学から出たところで、ばったり」というのは、偶然会ったというニュアンスですから、これは永緑の発言ではありません。

 

 後者の発言が永緑のものです。永緑は吉晴と会ったわけですが、この時点では、元晴と会ったと誤認していますから、真実ではないものの、永緑が嘘をついたわけではありません。

 

 永緑がミス研の現会長であり、美月の弟もミス研所属である、ということから、美月の弟が永緑の同輩または後輩であると推測できます。したがって、この会話は、「前者が後輩の黄金井陽太で、後者が先輩の永緑による発言」ということになります。

 

 同じ場面の、次の会話について。

 

 

 

   「それじゃあ、僕たちが今から邦晴に会いでもしたら、僕らはばらばらに三つ子全員に会ったことになりますね」

    そうなればちょっとした奇跡だ、と永緑は笑った。

 

 

 

 ここは、「それじゃあ、僕たちが……」の鍵カッコ内が陽太の発言で、そうなればちょっとした奇跡だ、というのは永緑の発言です。

 

 そして、第三の会話。

 

 

 

   「そういえば、元晴君は寒そうだったなあ、かなりの重装備だったし」

   「ええ、外は寒いですからね。吉晴も寒そうにしてましたよ。まあ、あれは自業自得の感もありましたけど……」

 

 

 

 前者は永緑の発言、後者は陽太の発言です。「かなりの重装備だった」というのは、元晴に変装して青い防寒着を着ていた吉晴のこと。

 

 一方陽太は、吉晴が寒そうであったことに関して、「自業自得の感」があったと言っています。黄金井が会った時、吉晴は、寒そうにしているわりには、薄着だったということです。

 

 つまり、永緑と会った後、吉晴は元晴の変装をといて(紺色の防寒着を脱いで)、中に着ていた自分の色の服で陽太と会ったのです。だから吉晴は薄着にならざるを得ず、そのことを、陽太は「自業自得」と表現したわけです。

 

 

 最後に、第五場面。事件関係者のアリバイを説明している場面です。

 

 ここも、永緑と黄金井が、見かけ上入れ替わっていました。「事件の情報にしつこく食いついてくる女性」というのが永緑のことで、その「連れの男」というのが陽太です。

 

 しつこく食い下がる女性に対し、灰住刑事が「推理小説研究会の会長だか何だか知らないが、虚構と現実をごっちゃにしてもらっては困る。」と心の中で述べていますが、黄金井はもうミス研を引退して、現会長は永緑なのですから、この女性はやはり永緑だということになるでしょう。

 

 

 

 以上が、拙作「三つ子のアリバイ」の解説でした。

 

 まだ〝A&Nシリーズ〟が完結したというわけではありませんが、当初予定していた重要な伏線は、すべて回収できたと思います。

 

 今までの自分の小説を振り返ると、どの小説も、自分のやってみたいトリックや試みというものが、まず何よりも先にあって、それを実現させるために書いてきたように思います。

 

 今回の場合は、それが特に顕著でした。なにしろ、一年半も前から、性別誤認の叙述トリック(作者が読者に仕掛けるトリック)を仕掛けていたわけですからね。

 

 そういう意味では、このシリーズは、一種の実験でもありました。叙述トリックを仕掛けたその作品で種明かしするのではなく、シリーズキャラクターとして永緑のイメージが定着したころに、実は女だったと明かす。こうすれば、結構あからさまな手掛かりがあってもばれないのではないか、というささやかな実験です。一遍やってみたかったんですよ、こういうの。

 

 おかげでこれまで楽しく書いてくることができました。正確に言うと、書いている時間は苦しいわけですが、書いた作品で読者の皆さんを驚かせることを考えるのが、とても楽しかったですね。

 

 ところで、ご存知でしょうか。

 

 僕の最も好きな歌手、さだまさしが201611月に出したアルバムのタイトルが、「永縁」なんです。

 

 一方、僕の作品の登場人物は「永緑」。

 

 酷似していますよね。「緑」と「縁」というわずかな違いだけ。僕のシリーズは2015年から続けているものなので、さだまさしのアルバムの方が後に出ています。

 

 アルバムリリースの時期も、ちょうど「三つ子のアリバイ」を書いた時期と一致しますし、これはもう、何かの縁としか言いようがないですよね。

 

 いやー、感慨深い。

 

 ……ということを、ちょっと誰かに伝えたかったんです。

 

 ちなみに、アルバムはすでに入手しました。

 

 さて、そろそろこの長いコラムも終わりです。

 

 果たして、僕の試みは成功したでしょうか。うまく読者の皆様を騙し通すことができたでしょうか。

 

 来年度は三年生。秋の文化祭が最後の仕事になると思います。

 

 これからも、〝A&Nシリーズ〟を含め、引退までいろいろと書き続けていこうと思いますので、読んでいただければ幸いです。

 

 ありがとうございました。